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エイジズムの克服ー社会課題と人材不足の解決策

エイジズムの克服ー社会課題と人材不足の解決策

健康で長生きできるようになり、「人生100年時代」が到来。両親の世代よりも生涯就労期間が長期化する傾向が出てきたことから、ライフプランニングの在り方も変化しています。しかし、年齢による差別や偏見(エイジズム)はいまだに根強く、ビジネスの進展を妨げる一因となっています。
 
経験豊富なベテラン社員は、ビジネスにとって大きな戦力。多くのポジティブな影響を生み出すにもかかわらず、職場でのエイジズムは良い側面をないものとして扱っています。年長者は総じて専門知識や経験が豊富で、会社に対する忠誠心が旺盛である一方、企業はこれらの長所を見落としがち。ミドルシニア層に対して、年齢によるデメリットの方を重視してしまう傾向があるようです。
 
今回は、なぜエイジズムの解消が重要なのかをとりあげます。
 

私がエイジズムに関心を持ったきっかけ

ヘイズでは、従業員にボランティアを奨励する「Hays Helps」というプログラムを推進しています。Hays Helpsは、私たちがビジネスを展開している地域やコミュニティを支援する目的で発足し、ボランティア活動や募金活動を通して、仕事のチャンスに恵まれない人々への就労支援、環境保護、サステナビリティ向上などのために貢献しています。また、このプログラムの発足をきっかけに、雇用の実態を調査した報告書、「Focusing on Employment Inequity: How We Can Help」(英語のみ)も発表しています。この作成にあたり、ヘイズはミドルシニア層を取り巻く課題について調査を実施、その結果、2019年現在で1年以上就労していない年長者層(55歳から64歳)が31.6%に上ることが明らかになったのです。懸念されるのは、この層の優れた労働者が、チャンスを与えられないまま労働市場から退場してしまうことです。
 
世界保健機関(WHO)は、エイジズムを取り巻く課題に対処するために、57か国83,000人を対象に調査を行い、その結果を報告書「The Global Report on Ageism」(英語のみ)にまとめています。同報告書によると、約50%に上る人々が、年齢に対する何らかの偏見を持っていることが明らかになりました。この状況は、人材活用の充実化を図る企業の活動に、逆行する現象であると思われます。
 

エイジズムの解消はかつてないほど重要に

高齢化が進行し、エイジズムは身近な話題になっています。平均寿命は、曾祖父母の時代から30年程延伸したと言われ、「定年退職後も働きたい」、「65歳以降も働き続ける必要がある」と考える人たちも、決して少なくはないでしょう。一部のメディアでは、75歳まで定年を延長する構想もあると報じられ、エイジズムも社会的な課題として認識されるようになりました。しかし、私たちの感覚は、果たしてこの現状に追いついているのでしょうか。
 
社会経済の面からも深刻な課題が浮上しています。欧米諸国を対象とした人口動態の将来推計によると、今後20年間に労働人口がおよそ25%減少することが予測される一方で、60歳以上の人口は、40%増加すると見込まれています。英国では、わずか2年以内に50歳以上の労働人口が占める割合は、50%を超えると言われています。
 
過去に執筆したブログ(英語のみ)にて「The 100-Year Life(邦題「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」)(アンドリュー・スコット氏とリンダ・グラットン氏による共著)という本を紹介しました。同書では、平均寿命の延伸と共に、現代人の労働がどのように変化していくのかに言及しています。長寿を享受するために、多様な年齢層の労働者が長期に渡って働くことができるよう、社会の変化を迫られているのかもしれません。しかし、現状は、多くのミドルシニア層がエイジズムによる壁に直面しています。ニューヨーク大学のマイケル・ノース教授とスタンフォード大学のアシュリー・マーティン助教授の共著、「Workplace Equality for All! (Unless They’re Old)」(英語のみ)によると、人種差別やジェンダー差別に強い抵抗感を抱いている人たちですら、シニア層の労働者には何らかの偏見を抱いていることが明らかになりました。
 
 
 
「Focusing on Employment Inequity: How We Can Help」によると、55歳以上の労働者は、若い労働者に比べて1年以上失業状態が続く可能性が高いことが分かりました。
 

変化に対応していくために大切なポイントは?

英国では、エイジズムの課題に対処するための団体「55/Redefined」が発足しました。同団体は、英国内の調査機関に依頼し、エイジズムの実態(英語のみ)を調査。その結果を以下の通り報告しています。
 
  •  68%が55歳以上になると雇用機会が閉ざされると感じている
  •  24%が想定していた年齢よりも前に退職に追い込まれると感じている
  •  33%がキャリアアップや成長のチャンスに恵まれず仕事への関心を喪失している
 
その一方で、以下の結果も見られます。
 
  • 55歳以上の労働者の90%は、会社が何らかの教育やトレーニングをしてくれれば、職種や業界を変えても働き続けることができると考えている
 
しかしながら、これには厳しい結果も出ています。
 
  • 教育やトレーニングを実施し、職種・業界未経験の55歳以上を雇用しようとする企業は、35%に留まる
 
では、エイジズムは、どのような根拠から生まれてくるのでしょうか。「50代以上は病気にかかりやすい」(実際は、20代の労働者と比較して50代の労働者が病欠する頻度は半分程度(英語のみ)という調査結果もあります)「仕事のペースが遅い」「最新のテクノロジーに弱い」などが最もらしい理由として挙げられています。ビジネスリーダーは、事実を正確に周知することで、50~70代への偏見を修正していく必要があります。
 

ミドルシニア層の惹き付けと定着に有効な対策とは

50代以上の労働者には、豊富な経験や仕事に対する真摯な姿勢、会社への忠誠心といった強みがあります。他社で年齢による偏見や差別を経験しているのであれば、仕事への意欲は一段と高まっているかもしれません。では、50代以上の労働者の採用では、どのような点に留意すべきなのでしょうか。
 

やりがいのある仕事

彼らは、総じて高い向上心を持っています。やりがいのない仕事やリーダーシップを発揮できない業務に対しては、モチベーションが上がらなかったり、不満を感じたりするかもしれません。一般に向上心や意欲は、年齢と共に減退すると思われがちですが、これは誤りであり偏見のひとつです。この層を対象としたある調査では、66%が「リスキル(学び直し)によって現在の職場で働き続けたい」、34%が「現在の職場で新しい仕事にチャレンジしたい」と回答しており、この層の高い向上心が伺われます。若手社員に対してと同様に、50代以上の労働者へもキャリア育成のチャンスを提供することで、人材確保は一歩前進するかもしれません。
 

リスキルやトレーニングで向上心をサポート

優秀で活動的なこの層は、新しいキャリアへの挑戦にも躊躇しません。関心を持つ分野には高い好奇心を持ち、研究熱心でもあります。また、すでに就業経験も豊富で学習意欲も高い場合、報酬だけを重視するのではなく、新しい視点からキャリア形成を考える傾向が見られます。それは、ある調査でこの層の92%が「自分が関心のある産業や仕事に就労できるのであれば、減給を容認する」と回答したことからも伺われます。Hays Helpsでは、50歳以上の労働者の再就職やキャリアチェンジを支援するため、この層を対象としたトレーニングの実施などに力を入れています。
 
テクノロジーの発展が著しい昨今では、先端スキルを持つ人材の採用が優先されるのも無理はありません。しかし、人材不足の問題が深刻化し、多くの企業が必要な人手の確保に苦心している現状に鑑みると、職歴・適性重視の採用から、意欲の高い未経験者などに注目するアプローチにシフトしていく必要があるといえます。経験や技術的な適性を超えて、コミュニケーション力などのソフトスキル、仕事に対する姿勢や意欲、社風への適応性などの資質に目を向けて採用してみることは、人材不足問題の解決策のひとつになりえます。未経験でも意欲が高い人材に門戸を開くことで、50代以上の労働者も新たな活躍の場を見つけることができます。
 

ワークライフバランスに適したワークスタイルを

社会人経験が30年以上にも及ぶ彼らは、趣味やボランティア活動への関心が高いと言われています。公私の充実化を希望するこの層は、ワークライフバランスのとれた働き方を望む傾向があります。仕事とプライベートの両立に配慮した働き方は、シニア層への訴求力が高いアプローチであると言えるでしょう。
 

復職の奨励

英国の労働・年金省が発表した統計によると、50歳から64歳の労働者のうち「働く機会を積極的に探している」「積極的には探していないが仕事を見つけたい」と回答した人は79万人にも上りました。また、英国の国家統計局は、人口動態をまとめた報告書「2021 Census」(英語のみ)の中で、2021年に離職や退職などで働くのをやめ求職活動もしていない50歳から70歳を対象に調査を行い、以下の結論を導き出しました。「今回のコロナ危機で離職した50歳以上の労働者のうち、職場復帰を望んでいるのは約40%に上る。人材不足の深刻化を重視し、退職者の職場復帰を奨励している英国政府には、こうした人材の活用対策を検討していくことが望まれる。企業もまた、こうした人材が職場に復帰し、活躍できるような職種や態勢を整備することが必要であろう」。
 

多様な年齢層を受け入れる環境

ED&I(Equity, Diversity & Inclusion)を推進する活動において、年齢は多様性の面からも大きな課題となっています。人間は誰でも年齢を重ねていきます。つまり、エイジズムとは、私たちの誰もがいずれ直面する課題なのです。いち早くエイジズムの問題に取り組み、熟年層の長所や強みを活かすことによって人材獲得競争を乗り切り、会社の発展につながるのは間違いありません。すでに同様のアプローチを取っている企業も少なくないでしょう。 55/Redefinedによると、同団体がミドルシニア層の就労支援を目的に立ち上げた「Age Inclusive Charter」(英語のみ)に賛同する企業は、増加傾向にあります。その中には、Hargreaves Lansdown社、Rank社、Slater & Gordon法律事務所、ITV社などの有力企業も含まれています。
 
人口の高齢化は世界的な現象です。社会や企業は、若年層を中心とした採用方針を見直すとともに、熟年層に対して抱いている固定観念を払拭していく必要があります。今や50代は人生の中間地点に過ぎません。健康寿命の長期化により、まだまだ十分に働ける世代でもあります。新しいキャリアにチャレンジし、リスキルや学び直しでキャリアアップする時間は、豊富に残されています。一定の年齢で労働者に退職を迫る「定年」制度に対する考え方を、見直していくべき時期が来ています。
 
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著者

アリスター・コックス
ヘイズCEO
 
2007年9月にヘイズのCEOに就任。1982年に英国のサルフォード大学で航空工学を学んだ後、ブリティッシュ・エアロスペースの軍用機部門でキャリアをスタート。1983年から1988年までシュルンベルジェに勤務し、ヨーロッパと北米の石油・ガス産業において現場や研究の職務に従事した。
1991年にカリフォルニア州のスタンフォード大学でMBAを取得し、マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとして英国に帰国。マッキンゼー・アンド・カンパニーでは、エネルギー、消費財、製造業など、さまざまな分野を経験した。
1994年、ブルーサークルインダストリーズに転職し、グループストラテジーディレクターとして戦略立案や国際投資を担当。この間、ブルーサークルは新しい市場で重量の重い建築材料に焦点を当てた事業を展開し、1998年にはマレーシア・クアラルンプールを拠点にアジア事業を統括するリージョナル・ディレクターに就任。また、マレーシアやシンガポール、フィリピン、インドネシア、ベトナムの事業を担当し、2001年のラファージュによるブルーサークル買収後は、ラファージュのアジアのリージョナル・プレジデントとして、同地域の事業責任も担った。
2002年には、ITサービスおよびバックオフィス処理会社であるXansaのCEOとして英国に帰国。Xansaでの5年間の在職中に、組織の再編成を行い、英国を代表する官民両部門のバックオフィスサービスのプロバイダーとなり、インドに6,000人以上の従業員を擁する、この分野で最も強力なオフショア事業を構築した。

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