AI台頭で変わる人材戦略
トレンドから戦略実現のポイントまでを解説

IT分野の採用に携わって約10年、その間に業界は何度も革新のサイクルを繰り返してきました。なかでも、これほどまでに本質的な変化をもたらしたものは、人工知能(AI)の台頭をおいて他にありません。
今日AIは、企業の採用手法そのものを変えつつあるだけでなく、何よりも「企業が何のために人材を採用するのか」という本質にまで影響を及ぼしています。
わずか数年前まで重宝されていたスキルセットは、今では再定義され、拡張され、あるいは別のものに置き換えられつつあります。現在のテクノロジー人材には、単にコードを書く能力にとどまらず、インテリジェントなシステムと協働し、データから得られるインサイトを解釈し、急速に進化するツールに柔軟に適応する力が求められています。
私自身、「計画された偶然理論(Planned Happenstance Theory)」を信じてきました。これは、キャリアの発展は計画的な取り組みと偶然の出会いの両方によって形成されるという考え方です。まさにAIは、両者の触媒となっています。5年前には存在しなかったような新しい職種を生み出す一方で、従来の職種のあり方も大きく変えつつあるのです。
だからこそ、ヘイズが2025年2月に発表したレポート『新時代の働き方 – AIとともに進化する働き方の未来』は、今この時代において、IT業界のリーダーにとって非常にタイムリーで重要な資料と言えます。変化の激しい環境の中で、企業が競争力を維持し、レジリエンスを高め、イノベーションを生み出し続けるためには、的確なビジョン、信頼できるデータ、堅牢なインフラ、そして柔軟な人材戦略が欠かせません。このレポートでは、競争力、レジリエンス、イノベーションを維持するために企業が必要とする能力について、多角的な視点から考察しています。
こうした背景のもと、これらのトレンドが日本ではどのように展開しているか、触れていきたいと思います。働き手側の期待値の変化や、AIリテラシーを備えた人材の需要拡大など、国内市場もまた独自の変化を遂げており、これからのテクノロジーリーダーにとってはその理解が欠かせないものとなっています。
日本におけるAIメガトレンド
現在、日本では多様なAI技術を活用する新興IT企業が急増しています。データサイエンスやチャットボットなどの自然言語処理、画像・顔認識、音声処理、ロボティクス、さらにはAIを活用した医療分野でのイノベーションに至るまで、その応用範囲は急速に広がりを見せています。
国内におけるAIスタートアップの正確な数を把握するのは難しいものの、その勢いは明らかです。2023年以降、資金調達やIPOを果たすAI企業が増加傾向にあり、投資家の強い信頼感と、イノベーションに対する関心の高まりがうかがえます。
このAIの波は、スタートアップにとどまりません。公共機関や大手民間企業も、業務の効率化や意思決定の高度化を目的に、AIの導入を本格化させています。ただし、中小企業の導入にはばらつきがあり、高額な初期コストや社内関係者の理解不足がその障壁となっているケースも少なくありません。
また、一部の業界では、AIを必要不可欠な技術というよりも「リスク」と捉え、慎重な姿勢を崩していません。しかし、多くの企業が先行導入企業の動きを注視しており、2024~2025年にかけてその流れに追随する動きが加速すると見られます。
このような状況は、ITリーダーにとって大きなチャンスであると同時に、課題でもあります。今後、優位性を維持するには、AIそのものへの理解はもちろん、戦略的な導入を通して組織をリードできる人材の採用が鍵を握ることになるでしょう。
労働市場の変化
AIを活用するIT企業の急速な成長は、日本の労働市場にも大きな変化をもたらしています。現在、データサイエンティストやAIエンジニア、機械学習スペシャリストといった高度な専門性を持つ人材の需要が急増しており、採用市場は熾烈な競争に突入しています。
これらの職種では高度な技術力が求められるため、多くの企業が国内だけでなく海外の人材にも目を向けるようになっています。特にAIの専門知識や国際的な経験を持つ人材に対しては、年収1,000万円を超えるオファーが提示されるケースも珍しくありません。
技術職にとどまらず、AIコンサルタントやプロジェクトマネージャーへのニーズも高まっています。とりわけ、公共機関や大手企業では、AI導入に伴う複雑な課題に対応するため、こうした人材が技術チームとビジネス目標との橋渡し役として重要な役割を果たしています。AIへの投資を現実のビジネス成果につなげるうえで不可欠な存在です。
一方で、オートメーションツールの進化によって、単純作業やルーティン業務を担うエンジニアの需要は減少傾向にあります。ITリーダーにとっては、こうした変化を見据えた人材戦略の再構築が求められています。リスキリング(再教育)への投資、多様な人材パイプラインの確保、そしてAI時代のニーズに即した採用計画の再設計が不可欠です。

人材不足は成長の足かせに
こうした高度人材への需要が高まる一方で、日本の企業は依然として、変革の推進に必要な人材の確保に苦戦しています。ヘイズが発行した『2025年ヘイズアジア給与ガイド』によると、日本企業の71%が「中程度から深刻なスキル不足」を実感していると回答しています。
AI導入に関して、スキルギャップはさらに顕著です。4人に3人が「AI技術の業務活用について、会社からのトレーニングやサポートを受けたことがない」と答えています。一方で、8割の回答者が「スキルアップの機会があれば参加したい」と前向きな意欲を示しています。
今後、さらに多くの業務が自動化の対象になる中で、企業は将来のビジネスニーズに応じて従業員のスキルを再構築する必要があります。また、AIによって一部の作業が効率化される一方で、他の領域では新たな人材需要が生まれることも予想されます。そのため、人材の最適配置を戦略的に進めることが、組織の柔軟性を保つうえで重要になります。
AIの統合は、単なる業務の自動化や人材の代替ではありません。それは、人間の可能性を拡張する取り組みです。あらゆる組織の中心にいるのは「人」であり、彼らが変化の中で適応し、成長し、リーダーシップを発揮できるように支援することこそが、「未来の働き方」を切り拓く鍵となるのです。
AIを活用した人材基盤の変革を実現するために
競争力を維持したいと考える企業にとって、AIへの投資はもはや「選択肢」ではなく「前提条件」となりつつあります。とはいえ、新しいテクノロジーを導入すること自体は、変革のごく一部にすぎません。
本質的な成長を推進するためには、AIの導入によってもたらされる可能性とリスクの両方を正しく理解することが欠かせません。重要なのは、リスクをゼロにすることではなく、戦略的に管理することです。その第一歩は、適切なステークホルダーを早期に巻き込み、共通のビジョンを描くこと。そして、システムやテクノロジー、人材、業務プロセスを変革に備えて整えていくことが求められます。
もちろん、それを実現するのは簡単ではありません。日本では、AI分野における需要の高まりとともに、熟練エンジニアの慢性的な人材不足という課題がさらに深刻化しています。技術的な知見と戦略的な視野の両方を兼ね備えた人材の確保は、ますます困難になりつつあります。
このギャップを埋めるためには、採用に知見がある専門家の力を借りることも一つの方法ですが、それだけでは不十分です。自社にとって最適なリソース活用の方法を見極め、変革における固有の課題に正面から向き合うことも必要です。一律のアプローチではなく、自社の状況に合った戦略的かつ丁寧な取り組みが、変化に対応できる体制の構築には欠かせません。
デジタルチームを拡大する場合も、変革プロジェクトを牽引する場合も、あるいは企業の将来性を確保しようとする場合も、AIと協働し、その可能性を引き出し、変化のスピードに順応できる人材を見極め、惹きつける力が、今や戦略的に最も重要な要素となっています。
レポート『新時代の働き方 – AIとともに進化する働き方の未来』では、日本だけでなく世界のITリーダーたちが直面している課題と機会に関するインサイトを公開しています。現場に根差した実例や、すぐに活用できる示唆も数多く含まれており、現在の状況にフィットする戦略を描くためのヒントが詰まっています。
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著者

高橋 洋子
ヘイズ・ジャパン、テクノロジー部門のビジネスディレクターとして、変化の激しいデジタル環境における人材変革を推進するための戦略的施策をリード。
IT領域における豊富な専門知識と、未来志向の人材戦略への情熱を有し、企業が新たな潮流にどう適応するための実践的かつ鋭いインサイトを提供。
IT領域における豊富な専門知識と、未来志向の人材戦略への情熱を有し、企業が新たな潮流にどう適応するための実践的かつ鋭いインサイトを提供。